中國西域旅行記 - その 16 -


25.民族の狭間

 15時、やっとバスは人口140万の大都会ウルムチ(ULUMUQI、烏魯木斎)に着く。 ここはまさしくユーラシア大陸のど真中である。1987年度版ギネスブックによれば……、 『(海から最もはなれた陸上の地点):中国の一番北西にある新疆(しんちゃん)ウイグル自治区北部の ジュンガル盆地のなかのある地点(*1)が海から最も遠く、 全ての方向の海の海岸線から2400km以上離れている。 この地点に最も近い大きな街は、南方にあるウルムチだ。』となっている。 この街からまっすぐ南に行ったところにあるヒマラヤ山脈には世界最高峰の チョモランマ(英名エベレスト)がそびえている。

 そんなことはつゆ知らない一行は、昭和40年代の日本の都市を思わせるウルムチ市内を通り過ぎ、 南の街はずれにある友誼賓館へ着き、やっと昼食にありつく。 白と茶色の目立つ昼食で、トルファンから持って来たブドウがとてもおいしかったことは覚えている。

16:00、新疆ウイグル自治区博物館へ、この近くには10くらいの少数民族がいるようだ。 少数といっても回(ホイ)族で700万人余り、維吾爾(ウイグル)族でも600万人もいる。 一つの国家を成すには十分な数だ。特にウイグル族は容姿もはっきり漢族と異なっている。

16:40、絨毯工場へ、人民にも庶民にも縁(円?元?)のない値段にたまげる。

 17:00、玉(ぎょく)の工場へ。絨毯工場と同じく非常に劣悪な設備。 平均気温が零下15℃にもなるウルムチの冬はどうしているのか心配になる。 西安の市場の少数民族のやっている店で30元(当時一元≒26円)で買った 内側に絵の描いてある小瓶が、ここでは380元! 品物は良さそうだが……。

 結局、中国の外貨獲得にはほとんど協力せずに17:40、やっとウルムチのバザールへ。 服、スパイス、小振りだが香り高い果物、シシカバブや肉饅を売る店が、 10mほどの幅の通りの両側、そして、道の真中にも背中合わせに二列といった具合に 店がぎっしり四列に並んでいる。 なかでも目を引くのが糸やビーズの刺繍で飾られた色鮮やかな四角い帽子と、 きらびやかな飾りの着いた鞘付きのナイフである。 どちらも、民族的な意味合いを持っていて、特にナイフは男であれば一つや二つは 持っていなければというのか、あっちにもこっちにも店があり、ペンナイフのようなものから 数十cmのものまでずらりと並んでいる。 型はみな同じで、アラビアンナイトに出てくる柄付きのナイフをまっすぐにしたようで、 プラスチックの星が数個から数十個嵌め込まれている。 標準的なサイズで20〜200元(当時のレートで520〜5200円)、 値段交渉してもほとんど引かないが中国国内価格に慣れてすっかり目が肥えた(痩せた?)お陰で、 ほぼ妥当な値段(*2)のようだと分かる。 ナイフ自体の刃は一部を除き多くは鈍(なまくら)だが、高いものだとかなり細かい象眼を施してある。 鞘と刀身はバネ式のピンのようなもので止めてあり、これを押さないと抜けないようになっている。 無理に抜いしまった高桑氏が鞘の端を壊してしまい、 『壊したんだから(言い値で)買いな!』とおばちゃんに迫られている。

 ナイフを20元で一つ買い、ついでにご当地お土産のつもりでビーズの刺繍が綺麗に 入った紫の帽子を15元で買い、被って通りを歩く。 すると、店の連中や通行人の何人かに大笑いされ、なにかを注意するような口調で 呼び掛けて来る人までいる。 あわてて帽子を取る……どうやら女性用らしい……通りを行き交う人を見てやっと気付く。 冷や汗をかいてのどが乾いたので、一斤(500g)4つで3元の桃を買い、一つ皮を剥いて食べる。 うまい。また、ナイフの店で綺麗な奴を見つけたので値段交渉をしているうちに、 ツアコンのN氏に時間切れだと告げられ、しかたなく諦める。 少しは時間があるようなので、二道橋(←なんて読むんだろう?)バザールの一番奥の 果物屋に走っていって、大急ぎでハミ瓜を一つ買う。 バスに戻ると何人かが、いやもっとハッキリいうと敦煌の夜のバザールで ハミ瓜を買って食べた例の連中の何人かがハミ瓜を大事そうに、そしてうれしそうに抱えている。 もっと色々見たかったのに……。絶対もう一度来ると、山崎氏と誓い会ってホテルへ。 例の『トルファン行き夜行寝台無いぞ』事件のお詫びとかで当地産らしいワインが夕食につく。 5度の甘ったるい酒だが乾燥した空気の中ではこういう甘い飲物がおいしい。

 夕食が終わって、バザールに行くメンツを探してみると僅かに三人しかいない。 そこで、トルファンから一緒の現地ガイドがバスを出すという。 『一人一時間で20元(当時で約520円)でいいですよ!』 『ワタシ、貴方たちがトテモトテモ心配、だからワタシの呼んだバスで行って下さい』、 心配?、何で一人当りなんだ?、20元というのもこの辺りの物価からして余りに高い、 トルファンのロバ車の一件もあるし、怪しすぎる……。 そう思ってフロントに聞くと、これが何と『一人(だから何で??)30元』で 『待たせると一時間一人当り(……?!)50元』と言う。 タクシーの料金で一人当りなんて聞いたことが無い、値段も余りに途方もない。 月収100元の国(*3)とは思えない。自行車(自転車)の国なんだとつくづく思い、 相乗り10ルピー(100円)のインドのオートリクシャーが懐かしくなる。

 結局、行くだけ行けば帰りは何とかなるだろうということで、 『行くだけ』という条件で一人10元でバスで行くことになる。 で、ホテルの前に出てみると、待っていたのは我々を載せてきたバスではなく 回送の路線バス(もう、大して驚かなかった)である。 『運賃』は公司(会社)には入らない、運転手の愛想の良さを見ればすぐ分かる。


ウルムチの少数民族の人々

 とにかく、さっきの二道橋バザールにつく。かなりの店が閉まっている。 刃に象眼が入り、鞘も美しいナイフを買う。80元。鞘と刀身に40と言う数字が彫ってある。 これは実は40元じゃないかというと、鞘と本体合わせて80元だと 言い張る(でも最初は100元と言っていた……)。ここで、同行の山崎氏も高桑氏もナイフを買う。 写真を撮り出すとカメラの前に集まり、そのうち『俺も撮る』『こうやって撮れ』 『あれを撮れ』、と陽気にはしゃぐ。カメラを向けると陰気にフッと顔を背ける漢族とは まるきり気質が違うと感じる。最後はカメラを奪いあって、少年がこっちの写真を撮り出す始末。 とにかく面白い。大きなナイフを買えと言われ、「不要(プーヤオ)」を繰り返していた 高桑氏に少年がパッと飛び出しナイフを突き付ける。明らかに単なる子供の悪ふざけだが、 文民統治を第一とする漢族はこういったことを非常に嫌うらしい。 例えば、スルーガイドの黄(ホアン)さんは、『彼らはすぐにナイフを出して、怖い』と言って、 ウルムチに来てから全く外出しようとしなかった。 単なる、生活習慣の違いがいやなのか、それとも民族的な確執か....。

 女性用の帽子を買って失敗した話から、じゃあせっかくだから、帽子を買って 被って歩こうと、3人で買う。男性用帽子は緑で、糸で刺繍してあるだけである。 一番細かく刺繍したものでも12元(約300円)、これを3人で被ってナイトバザールへ 行くために大通りを歩いていると、道往く人がジロジロとこっちを見るのに気付く。 ハハハと笑う、何だこいつはと目をむく、とにかくほとんどの人が見つめて行く。 よっぽど変らしい……。目付きの鋭いごつい体付きのウイグル人がギロッとにらみ、 また何あれと笑い転げそうになる人がいる。 我々の方でも意地になって、わざと平気な顔をして歩いて行く。 ナイトバザールの場所が分からないので道端のジュース屋へ。 5毛(=5角、13円)のジュースを飲みながら、「ナイトバザール・ツァイナーリ?(ナイトバザールはどこ?)」と 聞くが、さっぱり通じない。ナイトを漢字にして「晩(ワン)バザール」これもだめ。 どうやら発音が悪いらしい。遂に、メモに「晩」と書いて、その字を指差してから 「バザール」と続ける。通じた、あっちだと指差す。 ナイトバザールは敦煌と同じく食べ物中心のようだ。どうもあまり食欲が無い。 山崎氏は、主に美人の女性や子供たちを写真に撮っていく。9割方は応じてくれるようだ。 かわいい二人のジュース売りの少女の店で山崎氏は、丸ごとのブドウや桃を浮かせたどう見ても 危ない雰囲気の容器に入ったジュースをへへへと愛想笑いをして飲んでしまう。 雰囲気だけ楽しんで、22時45分ごろ、タクシーを探しに華僑飯店へ向かう。 その手前に果物屋の露店が出ている。 露店の奥には、なかなか格好いいウイグル族らしいおじさんが居る。 短く伸びたヒゲと赤い帽子が良く似合う。 絵になるなぁ、そう思ってたった二つしか知らないウイグル語のうち一つを使って話し掛ける。 「Yaxsimisiz(ヤクシミシズ)?(こんにちは?)」、チラリとこっちを見て 「Yaxsimisiz!」と小声ながら愛想良く答えてくれる。 おお通じたとうれしくなって、カメラを指差して『写真撮って良いか?』と身振りで聞く。 『オオ、いいよ』と言った雰囲気でうなずいてくれる。 写真を撮って、「謝謝、Rahmat(ラヒメッティ)(ありががとう)」、そう言って手を振る。 おぼつかない言葉が通じて少しばかり感動してしまう。 ホテルまで歩こうという私の提案は結局、却下され、華僑飯店へ。 ちょうどタクシーがいる。値段を聞くとふっかけられることもあるので「友誼賓館、15元?」と聞く。 いや20元だと答える。悪くない。我々三人を指して聞く「一共(イーゴン)?(一緒でか?)」、ああとうなずく。 ひょっとしたら高いかもしれないが……トルファンの若大将と路線バスの運転手の顔が浮かぶ…… あれに較べればとずっと妥当だ。タクシーで友誼賓館に向かうとこれがかなり遠く、 10分かかった。距離の見当が全く違う。原因は地図にある。 中国で売っている地図、そしてあの「地球の歩きかた」でも地図は載っているがその縮尺は載っていない。 それで、ウルムチの街の大きさを過小評価したらしい。

 ホテルに帰ると夕方買ったハミ瓜を食べている。「まだ未熟で硬い」とのこと。 私が買ったハミ瓜を持ち込んで切ってみる。やはり未熟で甘さが足りない。 山崎氏は「さっきのジュースがやばそうだった」と言って他人の部屋のトイレでわざと吐き出している。 多芸な奴だ。三個目の呉さんのハミ瓜が一番まともで、最初のやつに及ばないもののおいしい。 むりやり付き合わされてうんざりしていたツアコンのN氏も「これはおいしい」と言う。 残りは、一人3切れのノルマで食べ切ってしまう。

 明日は上海へ行く。この旅で最長の空路なので、荷物の整理をする。 メモを書き終わると1時。ここで紙の片面に書いて来たメモ帳のページは尽きてしまい、 いよいよ裏面にメモを始める。


*1) 北緯46°16′8″、東経86°40′2″の場所。北は北極海のバイダラツカヤ・グーバ、 南はインド洋のフェニ・ポイント、東は黄海の渤海湾まで、 どの方向の海に向かっても直線距離で 2648km離れている。(93年版ギネスブックより)

*2) それでも地元の人が買うよりは高いようだ。

*3) 今は相当変わっています。特に都市部の自営業は凄まじい収入を得ているものもいます。


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