中國西域旅行記 - その 7 -


13.書法的国際交流

 さて、メモを見て思い出したのだが昼休みの直後、映画『敦煌』のセットに行く前に ホテルの近くの敦煌市博物館を見学した。 万里の長城沿いの全烽火台の位置とその写真、漢代の発掘物などそのほかにも 結構色々な物があったように思うが、ひとつのことを除いて全く覚えていない。

 その博物館の一階を入って左手側は水墨画と書道の作品で埋められていて、 その一つの部屋の入り口の脇にこんな看板が掲げられている 『咸裕興 書法作品 展覧』。 外の暑さでボーっとして(あ、これはいつものことか)、 咸裕興先生の作品を眺めていると「書道がお好きなのですか?」ときれいな 日本語で話しかけられる。 横を見るとチェックのワンピースの若い女性がいる(太陽と砂塵の街・敦煌には 似つかわしくない色白美人だった。 その証拠にこの女性のことと書道の先生の名前だけはちゃんとメモっていた!)。 彼女の説明によると咸裕興先生は隷書とカンコウタイという書体を得意とする 敦煌一の書家だとのこと、 見ればちゃんとその先生が古びた机と一体化して一心に書道に打ち込んでおられる。

“敦煌一”の書法家、咸裕興先生↓

 その時、うちの野郎どもがドタドタとやって来る、 すぐ北方系漢族を思わせる顔立ちの美人(としておく)に気付く、 「よぉ、何やってんの」。 内心舌打ちして言う「素晴らしい書道の作品を鑑賞してんだよ」 「うっそー」「その人だれぇ?」。 続いて、ミイラに一番成りやすい方々も入ってくる。 「あれ、お師匠さん、咸裕興と言う人の作品なんだって」 「へぇ、先生どうです?」「あそこの座っている人がその方じゃない」、 あれこれ言っているうちに、少しばかりやぶにらみぎみに作品を見ていた 書道のお師匠さんがさっきの女性に案内されて咸裕興先生の前に座り、 通訳してもらって何か話している。 そのうちがさがさと紙を拡げ、先ずはお師匠さんが何かをさらさらと 流れるように書き出す。 身を乗りだし、じっと見入る咸裕興先生。ツアーの面々も息を飲んで見ている。 一気に書きおわったお師匠さんが、軽く息をついて言う「こんなもんですかね」。 咸裕興先生、ふんふんとうなずいて出来上がった作品を見てから、 紙を取り出して今度は力強く一字一字を書き出す。 「おぉ、すげぇ、国際交流してるジャン」、「日中対決か?」、雰囲気が盛り上がる。 出来上がった作品を今度はお師匠さんが、ほぉと低く声を出して見る。 良くは分からないが、お互いの書体に興味があるようだ。 もうこのあとは、“二人の世界”に入ってしまい、 何をやっていたのかなんて覚えていない。 あっという間に時間がきてしまい、もうそこを訪れる機会は無かった。

[今回のあとがき]
前回の祁連山の祁連は“きれん(中国語ではチーレン)”と読みます。さて、“咸” の字は訓読みで何と読むでしょう?(分かっても何の得にもなりませんけど)


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