リコーダーの古楽演奏法

講師: 日比健治郎

ルネサンスからバロック期の古楽を演奏する際のポイントを実演付きで解説。 また、ルネサンス時代の代表的リード楽器、クルムホルンの音色も楽しませていただきました。

(笛の楽園)

「一家に1冊あると楽しめますよ」日比先生がおもむろに取り出したのはJacob van Eyck (エイクまたはアイク)の楽譜集『笛の楽園』。 彼は多くのリコーダー・コンソート曲を作ったリコーダーの名手ですが、目が不自由だったため、楽譜の編集は別の人物が手掛けたそうです。


中世、ルネサンス、バロック期の音楽を鑑賞または演奏する際、特に気をつけなければいけないのが、この楽譜に対する理解です。 古楽では演奏がはじめに生まれました。 楽器の名手が当時の流行歌をアレンジするなどして即興演奏で音楽をつくり、その後で楽譜にしました。 「傑作ができたから記録しておきたい」「この演奏を他の人にも伝えたい」ということで楽譜にしたのです。

手元にある古楽関係の本にも、同じような解説がありました。 現代の演奏者に求められるのは『その作品がいつの時代に、どこで、どのような背景で楽譜にされたかを調べ、作曲家がどのような思いでその楽譜を書き記したのかを考える』ことだそうです。 楽譜は、あくまでも音楽を記録する手段であり、音楽そのものではないということです。

演奏をどれだけ忠実に楽譜にするかは様々だったようで、複雑なパッセージや装飾などは省略されることが多かったそうです。 ですから、当時の楽譜は音符が並んでいるだけというものがほとんどで、スタッカートやトリルなどの指示は大抵の楽譜にはありません。 この時代の人々は、楽譜を見てその曲にふさわしい演奏法がどのようなものか即座に判断できる知識をもっていたそうです。 現代の私達がそれらの知識を知ることは、古楽を聴く上で、また演奏する上でも大いに役立つはずです。 日比先生は「コンピューターのように楽譜通り演奏してはいけない」と何度も強調されました。

(2種類の笛)

実演を交えての解説はとてもわかりやすく、実践的でした。 やはり、見て感じて学ぶことが大切だと実感。 例として楽譜通りの演奏も聴かせていただき、いかに味気なく冷たい感じを与えるものか、よくわかりました。 それとは対照的に古楽の演奏法で再現された曲は、その場の空気を和やかにしてくれました。思わずリズムに合わせて身体が動いてしまったのは、私だけではないはずです。 そして、これからは演奏の楽しみ方が広がるような気が…。「今回は、こんな演奏にしてみよう」「次は、こんな風にしてみたらどうかな」と、これからは同じ楽譜をいろいろアレンジして楽しめそうな気がしました。 以下、特に印象に残った演奏法や事柄について、簡単にまとめてみます。

♪enegal (イネガル)

フランスで17世紀半ばから18世紀にかけて一般に行われていた演奏技法です。 イネガルには、「不均等、普通ではない、ゆがんでいる」という意味があります。 八分音符のように細かい音符の連続を演奏するとき、ひとつおきにアクセントをつけてテヌート気味に演奏すると、自然に付点リズム風の演奏になるもの。 Jacques-Martin Hotteterre (J.M.オトテール)著『フルート、リコーダーとオーボエのための理論』でも、イネガルを習得するために、音を「tu」や「ru」で 表現する方法が記載されています。 tu, ru, tu, ru, tu, ru, tu, ru...と言ってみることで、イネガルのリズムを自然につかめるようになるそうです。口元だけ外人になったつもりで(笑)、「r」を巻き舌気味に発音するのがポイント。

♪拍子きっちり

古楽では旋律よりも拍子が重要視されていたそうです。 リズムがはっきりしないと舞踏家が踊れなくなってしまうからです。 「3拍子の曲」とわかるように演奏するには、四分音符が3つ並んでいるところに注目。 ワルツのリズムが「ズン・チャッ・チャッ」で表現されるのは、おなじみですね。 ピアノを弾く場合は「強く・弱く・弱く」の表現が容易ですが、リコーダーは、ふさぐ穴が同じでも吹く息の強さによって音程が変わってしまいます。 そこで、音の長さで変化をつけることになります。 「長く・短く・短く」「ピー・ピッ・ピッ」という感じ。 ただし、例外もあります。 例えば、1拍目の次の音が長い場合は、1拍目の音を短めにし、2拍目の音を充分に延ばしたりします。

4拍子の場合も大切な1拍目を長めにし、次に大切な3拍目も長め。2、4拍目は短めです。 八分音符が並んでいるときでも1拍目、3拍目にあたる音は強調します。

♪アレグロは速くない

アレグロ(Allegro)の表示を見て「速く演奏しなければ」とあせる必要はありません。 速度表示ではないからです。 アレグロの元の意味は、華やか、明るい。 言葉の意味通りに音楽をイメージして表現できるよう心がけることが大切です。

アレグロと対照的なものはアダージョ(Adagio)。 落ち着いて、ゆったりとした感じで表現できるように演奏します。 また、ゆっくりした曲を演奏する際のアドバイスもいただきました。 「いーち、にーい、さーん…」ではリズムが狂いやすいので、拍を表と裏に2分割します。 「いち(表)、と(裏)、に(表)、と(裏)…」のように「と」を入れると一定のリズムがとりやすくなるそうです。

(クルムホルン)

♪クルムホルン

先生は、イギリスでロンドン・アーリーダンス・カンパニーの首席奏者をつとめたご経験があり、ルネサンス期の服装で演奏なさったそうです。 まさしく、あのチョウチン型半ズボンにタイツというスタイルです。 タイツ秘話もご披露いただきました(ここでは書けません)。 この日、クルムホルンをバグパイプ風に演奏してくださいました。


バグパイプは常に音が鳴りっぱなしなので、「ビーッ、ビーッ」というように音を止める(区切る)ことができません。 そこで、音と音の間に別の音を入れる技術『フィンガータンギング』という高度なテクニックが必要とのこと。 トリルの連続技のように素早い指さばきで独特の旋律が奏でられ、たちまちスコットランドの雰囲気に包まれました。 ウィスキーが恋しくなったのは私だけでしょうか。

(合奏)

♪模範(?!)演奏

Musecatの管楽器メンバーがTilman Susato (T.スザート)の「袋に1000ドゥカーテン金貨」からガイヤルド、パヴァーヌを演奏。 「太鼓が加わらなくてもリズムがわかっていいですね」と、先生からお褒めの言葉を頂戴しました。 練習の成果を認めていただくことができ、一安心。


最後に、会の近況報告を少し。 7月にアイリッシュハープが完成しました。 彫刻や飾り模様など素敵な装飾が施されたハープが誕生。 これで、会のアイリッシュハープが2台になりました。 また、中世フィドルを今年中に完成すべく奮闘中のメンバーも。 この他に2000年完成の楽器は、 ラケットタボレットなどがあります。 ヴィオラ・ダ・ガンバを弾ける方が入会されたので、ますます楽しみです。 来年はチェンバロが加わることができるかな ?

最近は、中世の音楽の他に、ダウランドの歌曲やアイリッシュ音楽を練習。 バッハの「フーガの技法」にも挑戦しています。 横浜市西区『街の名人・達人』にも登録されたので、新たなレパートリーを増やすべく練習に励んでいます。 興味をお持ちの方は、お気軽に見学においでください。