ジャーマン式リコーダーの秘密


2つの方式の謎

30代前後の多くの方に、小学校で、ハーモニカに次いでリコーダーを習った記憶があるのではないでしょうか。 実際、1960~1970年代、足踏み式オルガンとリコーダーが急速に普及しました。 その後ピアニカなどを導入する小学校もあったようですが、現在でもリコーダーは器楽教育の中心です。

かくいう私も大好きでよく吹いていましたし、当時のリコーダーは今でも手元にあります。 ところが、その後アルト・リコーダーを吹くようになったときに、指遣いでとまどいを感じました。 同じ指穴をふさいだときにソプラノより5度低い点はいいとして、H や B を出すための指遣いが、ソプラノの Fis や F のそれと異なるのです。 そして、小学校でハ長調の曲ばかり吹いていたわけではないのに、Fis の指を知らなかったことにも気づきました。 調べてみると、高い方の Fis を吹くときは、右手の人指し指と薬指を上げ、中指と小指をふさぐことになります。これってかなり指が疲れますよ。

これは、リコーダーの運指に2種類の方式があることによる混乱だったのです。 小学校で使ったソプラノ・リコーダーはジャーマン式、 それに対してアルト・リコーダーはバロック式と呼ばれるものでした。


構造上の違い

バロック式リコーダーの指穴を全部ふさいでおき、右小指から順に指を離していくと、右中指まで離したところで、本来より若干高めの、そしてやや安定しない音になります。 もちろん正しい運指ではないので仕方のないこと。

ところが、右中指の穴と右人指し指の穴の大きさを取り替えると、この運指で F の音が出るようになります。これがジャーマン式。 この影響で Fis の運指も変わり、特に高い方の Fis は少し無理な指遣いになっているのです。


ジャーマン式はよくないの?

「ジャーマン式はやめておいた方がいいよ」とは、これからリコーダーを買おうという人に対するアドヴァイスとしてよく言われる言葉です。 ソプラノ以外のリコーダーにジャーマン式はほとんどないので、最初からバロック式にしておいた方が混乱しない、という理由がつく場合もあります。 比べたことがないので本当かどうかわかりませんが、バロック式の楽器の方が音が澄んでいる、などという人もいます。

とかくよい評価をきかないジャーマン式なのに、どうしてこれほど普及しているのでしょうか。 この疑問について、「リコーダー復興史の秘密」(安達弘潮著、音楽之友社、ISBN4-276-12461-1) を参照しながら、述べてみたいと思います。


リコーダーの復興・普及

リコーダーは、ルネサンス期からバロック期にかけて広く使われていたものの、その後あまり使われなくなっていました。 20世紀初頭、イギリスのアーノルド・ドルメッチ(A.Dolmetsch)はさまざまな古楽器を復元します。リコーダーもこのとき復元されています。 とはいえ、製作には費用がかかり、一般に普及するには難がありました。

ちなみに、現在でもドルメッチはリコーダーのメーカーとして知られています。

1925年、ドルメッチが住むヘッスルミアという町で音楽祭が開かれたとき、ドイツからペーター・ハルラン (P.Harlan) という人が来ていました。 彼はもっと安価なリコーダーを作り、普及させたいと望んでいたのです。 製造法をドルメッチに尋ねて帰ったあと、なぜか運指の異なるリコーダーを製造、売り出しました。 材料に安価な楓を使ったこともあり、1930年代にかなり普及します。 そして、全音階のみを出す限り運指が簡単になったリコーダーを、多くの人が求めたのです。

彼が運指を変えようと発案した理由については謎です。 リコーダーについて素人だったため間違えてしまった、という説を唱える文献もあるようですが、彼の第1号の作品はバロック式の運指になっているので、単純にそうもいえないようです。

ハルラン自身は、ジャーマン式リコーダーを作り出してしまったことを後悔していたようです。


日本への伝来

1936年のベルリン・オリンピックで、カール・オルフの作曲した曲が披露され、リコーダーもたくさん使われました。 私はこの人を「カルミナ・ブラーナ」でしか知らなかったのですが、こんなこともしていたんですね。 これを見物していた坂本良隆という人が、後に日本でリコーダーを普及させることになるのですが、このときに採用されたのがジャーマン式。 そのためか、日本では、ジャーマン式もバロック式と同様古くから使われてきた方式の一つ、と誤解する人もいました。

バロック式が作られ出すのはようやく1967年ごろになってからで、それでも小学校ではジャーマン式が採用され続けています。 ところがドイツの小学校では、ジャーマン式はむしろ少数派なのです。


器楽教材としてのジャーマン式リコーダー

吹けば誰にでも音が出せる、というのは、リコーダーの著しい長所。 殊にプラスチックの楽器は、安価な上に小学生が少々乱暴に扱っても大丈夫なので、教材として好適なものでした。

小学生に使わせるものだからなるべく易しい方がいい、そのためにはクロス・フィンガリングなしに音程が出せる構造がいい、ということで、日本ではジャーマン式が多く採用されているように思われます。 でもこれって、あいうえお順に並んだキーボードならばタイプが楽だ、という議論と同様、初心者が初心者のままで終わることを前提とした話のように感じます。

ハ長調の次にはヘ長調の曲を吹くことが多いと思いますが、その音階を吹く時点でもう B を出すためにクロス・フィンガリングが出てきます。 いや、その前に、ハ長調でも H から C の音程では左人指し指と左中指を交叉させています。 小学生時代の私は、交叉する指遣いを、「そういうもの」として自然に習得できたように記憶しています。 つまり、運指に関する限り、ジャーマン式でもバロック式でも難しさにそれほど違いはなかったということです。 初心者にとっても習得にそれほど差がないとすれば、なおさら教材にジャーマン式を採用する理由はないと思うのですが、いかがでしょうか。